敬称をどうするか。

 図書館に勤務していると、利用者の敬称をどうしようかと迷うことがある。「さん」をつけるのか「様」をつけるのか。私の知っている公共図書館では、「さん」を付けている。大学図書館でも私の知っている限りでは「さん」だ。国会図書館ではどうだっただろうかと考えてみると、「様」で呼ばれたような気がする。私は大学図書館に勤務しているので、職員の人たちは皆利用者を「さん」をつけて呼んでいる。そんなことどうでもいいじゃないかと考えたりもするのだけど、なんかどうでも良くない気がする。それはおそらく、敬称の付け方は相手を自分に対してどのような位置に置くかということと関係しているからだと思う。病院は患者を「さん」で呼ぶ。役所は「さん」だったり「様」だったりする。一般の企業が顧客を呼ぶときは間違いなく「様」だろう。この順番で応対はどんどん丁寧になる。敬称の付け方だけではなく、言葉遣いも丁寧になる。
 大学図書館の応対する相手は主に学生と教員だ。教員に対しては職員はかなり丁寧な応対をすることが多い。相手が「先生」だからだ。教員は当然「先生」と呼ばれる。しかし、学生は職員から見ると「学生」であり、時に「子ども」だとみなされる。「子ども」であるがゆえに、応対も「子ども」に対してのものになっている人がいる。言葉遣いや、話し方が自然にそうなってしまっているのだ。例えば、謝るときに「ごめんね」という言葉を使ったりする。社会人に対してや先生に対して「ごめんね」などと軽々しく言うことはないはずだが、学生相手だとそうなってしまっている。このような対応は督促をする時やマナーを守らない利用者を注意するときにも影響する。つい「子ども」を諭すような口調になったり、「子ども」を叱るような口調になったりしている。大学生が「子ども」なのかどうかは私にはわからないが、少なくとも図書館員が大学生を「子ども」だとみなして対応することは適切ではないと思う。
 その理由としては、図書館員にとって大学生は教え子ではないからだ。*1図書館員は確かに学生にアドバイスをするが、それは図書館員が研究者の卵にアドバイスをするのであって、「子ども」に教育をするのとは違うはずだ。どんなに未熟であっても、研究をしようと思って図書館員にアドバイスを求めに来ているという点では教員と何ら変わることはない。図書館員は研究の手助けができるように最大限の努力をするだけだ。それが仕事なのだから。そのような関係の中で図書館員が学生を「子ども」だとみなすことは、「子ども」に教えているという錯覚にとらわれた図書館員の油断と考えられても仕方ない。
 さらに言えば、図書館の利用者という立場では教員と学生は同じ立場だが、大学という大きな視点から見れば2つの立場は異なっている。教員は図書館員の同僚だが、学生は顧客だ。大学職員である大学図書館員からみてどちらが外部なのかと考えれば、当然学生の方が外部なのは明らかだ。外部のものにはより丁寧に応対するのが一般的な社会のルールだろう。現在は逆になっている。私は、大学はサービス業だという議論に必ずしも全面的に賛成するわけではないが、その議論が図書館員は利用者に最低限の敬意を払うべきだということの論拠として有効ならば、その議論も上手く取り入れればいいのではないかと思っている。
 親しみを持ってもらえる図書館にすることは確かに大切なことだ。しかし、親しき仲にも礼儀ありなので、どんな利用者が来ても敬意を忘れずに対応していきたい。「様」をつけるか「さん」をつけるかはもう少し考えてみたい。

*1:私は大学生の場合、教員と学生の間であっても教員が学生を「子ども」だとみなすことは適当ではないと考えているが、それはまた別の話